神 奈 川 セ ン タ ー 社 員

神奈川センターの社員の声をお聞き下さい!!

20代はスペインへ1年間のサッカー留学。30代の今は ドライバーとしてキャリアステップを目指します。

神奈川商品センター ドライバー
金子 達也
 
サッカーのプロになりたくて。高校卒業後、希望する大学にも進めず、プロチームとの契約にも縁がありませんでした。それで工場で2年働いてお金を貯め、スペインへ。クラブチーム昇格を目指して汗を流していました。でも芽が出ず志半ばで諦めることに。日本に帰ってきて以前の工場に就職。のべ9年間働いていましたが、「このままでいいのか」と、紹介でルート営業の仕事に。でもその仕事も自分がやりたかったことではなかった。ただ商品を届けること自体は自分に合っていたので、かなり回り道をしましたが、本気でドライバー職を選んだのです。

練習で身に付いたことは、決して裏切らない。それはスポーツも仕事も一緒。本格的な配送は初めてでしたが、手厚い研修のおかげで無事独り立ち。そして日々運転する中で、配送時間丁度に収まっていたのが、3ヶ月後には1時間ほど短縮できるまでに。また若い人が多いこの職場は、年齢的な壁が一切ないのもいいですね。仲間同士、気さくに声を掛け合っています。実は一番仲のいい同僚は、私よりも10歳以上年下。お互い会社の近所に住んでいるので、仕事帰りに飲みに行ったり。公私とも楽しく付き合っています。この仕事をずっと続けながら、役職に就いて、よりステップアップしていきたいです。

飲料水ベンダーで自販機の補充を6年。今の仕事は、 お金のやり取りがない分、肩の力が抜けて楽しい。

神奈川商品センター ドライバー
福岡 翔太
 
20代後半を迎え、子どもも二人。体力的な部分も含め、将来について改めて考えて電動工具の営業職へ転職しました。しかし取引先は高齢の社長さんばかりだし、仲間も10年以上のベテランばかり。気が休まることがありませんでした。妻も「合わないなら仕方ないよ」と背中を押してくれたので、もう一度ドライバー職を志すことに。とはいえ自分の免許はAT限定。制約のある中、フィットと出会ったのです。
20~30代中心の活気ある雰囲気。独り運転する気楽さ。届け先とは金銭のやりとりがなくフレンドリーな会話を楽しめる。すべて自分にピッタリでした。

仕事に慣れてくると、スキルに応じて複数あるコースの担当をチェンジしていきますが、最近大型店中心の配送から、小さなお店が集まる商店街エリアに担当変更。中にはバラで数本届けることも少なくなく、細かな工夫も求められます。配送の仕事の奥深さを改めて味わいつつ、自分の成長を楽しんでいる真っ最中です。

彼女の休みと合せて、休日を取らせてくれたり。人の和を大切にする、いい会社に出会えました。

神奈川商品センター ドライバー
星田 剛央
 
青学を出て、新卒の営業職として入った会社で待っていたのは、叱咤と罵倒の日々。売上が上がらないと人扱いされない。休日も半ば強制的に自主出勤せざるを得ない。2年強、続けていましたが精神的にキツくて、転職したんですよ。次の職場に求めたのは、人の和の中でノビノビ楽しく働けること。ちゃんとお休みが取れること。この2点が最優先でした。
 
車の免許を取ったのは大学4年。フィットに入社時はペーパードライバーでした。だから最初に、同乗研修などで学べたのは、すごくありがたかった。しかし単独での配送デビュー当初は、ルートの順番を逆回りにして大失敗も。それで地図を購入したり、日報でルート順をチェックして頭に叩き込んだり。1週間ほどで、きちんと回れるようになりました。
 
社内の雰囲気は想像通り。上司はがんばったことを褒めてくれるし、仲間はみんな気さく。火曜しか休めない彼女に合せての休日も快諾いただいて。そんなみんながいるから毎日がんばれます。

高校時代からのバイトで貯めたお金が100万円以上。 「ムダづかいするな」の母の言葉に感謝しています。

神奈川商品センター ドライバー
竹岡 拳太朗
 
長野出身。「一度は、東京での生活を体験してきなさい。」と、両親のすすめで八王子の造園関係の専門学校へ。卒業後も職人として就職。1年以上勤めていましたが、作業中に毛虫に刺されて、ひどいかぶれに。それがトラウマで仕事を辞めました。思えばずっと学校とバイトに明け暮れる日々。お金を使っているヒマもなく、貯金は100万を超えていて。一息いれて休むいい機会かなと思ってました。

しかし「独り暮らしだし、ムダづかいしないように次の仕事を決めなさい」と、心配する母にほだされて。求人で見つけたフィットへ連絡→翌日面接→「いつから来れるの」→いつでも→「じゃあ明日からおいで」と、結局退職から2週間後には働いていました(笑)。
ドライバーを志したのは、卸売業の父の配送を手伝って、車で廻る仕事に興味があったから。フィットの先輩たちは、みなさん気さくで面倒見がいい。文句や生意気を言っても、笑って受け止めてくれる。自分はガムシャラなだけで、ちょっとしたことでイラっとすることも。まだまだです。先輩たちのような大人のゆとりを早く持てるようになりたいですね。

ビール検定3級を所持するほど、酒大好き理系男子。 お酒に関わる仕事+大満足の条件=フィットでした。

神奈川商品センター ドライバー
掛村 祐介
 
高専卒。当初コンピューター関係 の仕事に就いていましたが、趣味のダンスをネット動画にあげているうち、映像制作への興味が増してテレビ制作会社に転職。徹夜勤務なんてこともざらで、手取りは14万。3年続けた好きな仕事だったけど、将来を考えた彼女がいて。働く時間や収入面を優先条件に、今度は好きな酒に携わる仕事で就活しました。
 
その中で希望通りだったのはフィットだけ。ホームページのイキイキ働く社員の表情も決め手でした。入社してみたら、いい意味で思っていたまんま。遅くとも夕方6時台には帰れるし、貯金も開始。仲間の雰囲気も想像通りで、特に同じグループの先輩には本当にお世話になりました。仕事はもちろん、プライベートのこともよく相談に乗ってもらって。働く時間、収入、さらに良き仲間と、満足のいく職場を得られたことでプライベートも充実。おかげさまで彼女のご両親にも今後に向けた挨拶をすませることができました。

やりたいことが見つからず、就活に大苦戦。新卒の私 を救ってくれたのが、少年野球の元チームメイト。

神奈川商品センター ドライバー
坂入 秀樹
 
大学四年の就活。営業職やアパレルの販売など、「人と接することが好き」という漠然とした理由だけで様々な企業を受けて全滅。結局、就職先が決まらないまま卒業しました。そんなとき、付き合っている彼女の友だちに最近できた彼氏が、偶然にも小学校の野球チームで一緒だったんです。せっかくだからと4人で飲むことに。そして「まだ仕事が決まってないんだよ」と打ち明けると、「よかったら、ウチの会社に来てみない?」と誘われて。そこからトントン拍子で入社が決まりました。
 
しかしお酒を運ぶ仕事は慣れないと意外と大変で、ヘコむこともしばしば。でも一緒に働く仲間たちのあたたかさに救われました。堅苦しい上下関係はなく、気さくに声をかけてくれたり、気にかけてくれたり。また、配送先のお客さんから「いつもありがとう!」と言ってもらったり。元々、人と接することが好きな自分にとって、こんな風に仲間やお客さんと関われるのがすごく嬉しかったんですよ。入社から1年、今は横浜方面の配送をスイスイ。あのとき誘ってくれて本当にありがたかったですね。

新幹線の整備や道路工事、医療事務などの仕事を経て、やっと出会えた自分の天職と居場所。

神奈川商品センター ドライバー
志田 憲昭
 
自分が本当にやりたい仕事が見つからず、色々なことにチャレンジ。フィットに入る直前には、650床を誇る大病院でホスピタルコンシェルジュという事務職として1年くらい従事。安定感は抜群でしたが、性に合わないというか、しっくりこなかった。それで元々好きだった、車に携わる仕事ならイケるかと、正社員で給与のいいところに絞って探したんですよ。そしてフィットと出会いました。
 
人間関係のよさが、そのまま仲間意識につながって居心地がいい。わからないことを誰に聞いても、いやな顔ひとつせず教えてくれます。仕事中はそれぞれ真面目に効率よくお客様を回る工夫をしたり、誰かが遅れていればヘルプに駆けつけたり。今22歳で、入社してまだ1年にも満たないのですが、5月に結婚!また以前から欲しかったBMWの320iを8年ローンで買っちゃいました笑。ここでずっと働き続けたいと真剣に思ったからこそ、思い切りよく行動に出れたんじゃないかな。

四輪の免許を取って2〜3日後、ダメ元で応募。10代で待望のドライバーデビューが果たせた!

神奈川商品センター ドライバー
高橋 良
 
バイクや車が好きで、愛車のオフロード系二輪を自分でいじったり、峠を走りに行くのが趣味。高校中退後に選んだ仕事もガソリンスタンドで2年半。その後も整備工場の手伝いや、カー用品ショップでのバイトを続けていました。そして18を迎え、普通免許を取得。「正社員で働きたい。好きな運転の仕事に就きたい。」そんな想いをフィットは快く受け止めてくれました。
 
トラックの運転も何もかもが初めて。研修で丁寧に教えてもらえましたが、お酒の検品には苦労しました。まったく飲まないし、銘柄がわからない。そんなとき、グループ長が「品数の多いもの、知っているものからチェックしてごらん。」と、アドバイス。確かにスピードが上がり、「いける」と思えました。またコースを回って最大運べたのが40件。いまの自分には、これ以上難しいと思ってましたが、あるとき「今日は52件。限界突破したじゃん。」と、声を掛けてくれて。周りの先輩とも好きな車の話に華が咲いたり、楽しい日々です。

週1のフットサルで落ちなかった、腹のぜい肉。入社3ヶ月でベスト体重に戻せたのがうれしい。

神奈川商品センター ドライバー
中村 敦文
 
元々、高校を出て5年間、倉庫会社の正社員としてフォークリフトを運転していました。いま24歳ですが、既婚で人生設計も順調。そして二人目の子どもを授かったのをきっかけに、もっと稼げそうな不動産営業へと転身…これがいけなかった。夜中の0時まで働くハードな毎日。「上の子もまだ小さいのに、せめて夜くらい早く帰って来てよ」と嫁もブチギレ。改めてフイットを選んだのは、「給料が良くて早く帰れる」、「自宅から近い」、「雰囲気の良さ」に惹かれたから。
 
地元のフットサルチームで週1回、汗を流してますが、それでは足らないのかお腹周りが気になってました。入社3ヶ月。ようやく自分一人でコースを回るようになった程度ですが、日々の仕事がまさに丁度いい運動。体重もベストまで落とせたし。朝は早いけど、その分早く帰れるからプライベートも充実。いまは団地住まいですが、ここでしっかり働いて30までにマイホームを持つのが当面の目標です。

沖縄うるまから上京。見知らぬ土地だったけど、安定生活をベースに多くの仲間と出会えました。

神奈川商品センター ドライバー
仲 勇希
 
21歳、元パチンコ店勤務。けっこう稼いでいて満足していたけど、将来もずっと続けて行くのは違うと思って。それで上京。接客自体は好きだし、体を動かすことも好き。正社員として働くなら、双方を兼ね備えた仕事がいいかなと、フィットに応募しました。決め手の一つ、先に決めた住まいから自転車で10分で通えるというのもあったけど(笑)。
まったく知らない土地で、とにかく道がわからない。同乗研修で教わったけど、担当した世田谷エリアは至る所に一通があったり、最初は迷子になって苦労しました。でも、1日40〜45件は時間内に届けられるように。あるときグループ長から「ちょっと量が多いけど頼むよ」と45件の配送を任されて。きっちり終えて時間通りに戻ってきたら「マジか〜イケたじゃん」と気さくな労いの言葉。上司といっても話しやすくて楽しいんですよ。また仕事終わりに遊ぶのは、もっぱらフィットの仲間。ちょいちょい飲みに行ってます。

元小学生のサッカーコーチ。今は会社の仲間と月1回程度、フットサルで汗を流しています。

神奈川センター ドライバー
西谷 宇太
 
決して凄い選手ではありませんでしたが、サッカーが大好きで小3から高校まで続けていました。ポジションはボランチ。卒業後も子ども向けクラブチームでコーチのアルバイト。月収は7万ほどでしたが、楽しく働いていました。しかし昨年4月、父が亡くなったのをきっかけに「社会人として自立しよう」と決意。いい汗流せる仕事に就きたいとフィットに入社しました。車は試合のある土日のみ、子どもたちの送迎でBOXYを運転していただけ。正直、不安もありましたが、入社時の研修で「これならいけるかな」までに。今は広尾や渋谷周辺のカレー屋さんやオシャレなバーなどにお酒を届けてます。
慣れて気持ちにゆとりのできた今は、会社のフットサルサークルに参加。休みの日に多摩川沿いのコートにて3〜4チームでミニゲーム。終わった後は、センター長が差し入れてくれたお肉でワイワイBBQ。いい息抜きの時間をみんなで楽しんでいます。収入も増えたので、一人暮らしするための貯金を毎月10万円。このペースなら、すぐ実現できそうです。

社会福祉学科中退。職人暦4年。人生の方向が定まらなかった私が、長く続けたくなった仕事。

神奈川センター ドライバー
小林 億人
 
福祉に興味?まったくありませんでしたね(笑)。面接だけで合否が決まるAO入試が楽チンだから選んだ大学でした。案の定、授業中は寝てばかりで身が入らなかった。親に学費を出してもらうのが申し訳なくて…それで中退しました。さて、どんな仕事に就こうかと選んだのは建築系。実はこれもなんとなく。建具職人、壁紙貼りの職人をあわせて4年やったものの、自分が本当にやりたい仕事は、いろんな人に出会える・ふれあえるものだって。ようやく気付いて。ホームページを見つけて、職場環境の良さそうなのに惹かれて「これだ!」とフィットに応募しました。
 
慣れるまでは少ししんどかったけど、ストバスを中3から続けてたし、車も普段乗ってたし、苦ではありませんでしたね。3ヶ月を経た今は、世田谷エリアの担当としてお客さんに会える毎日を楽しんでいます。デキル男になるのが当面の目標。担当のグループ長さんみたいに頼れる存在になって、バリバリ活躍したいです。

昼間の仕事で生活リズム改善。お客様に可愛がってもらえることが、何より楽しい毎日です。

神奈川センター ドライバー
織田 岬
 
前職はサービス業でしたが、遅番が深夜1時、2時まで。早番は朝7時半からと、生活リズムが不規則。それで日勤で働けるフィットに転職しました。研修時は指導員のアドバイスのもと、自分の運転の長所・短所をつかみながら学べました。溝口と登戸の1コースを任されている今は、お客様先で数分でも世間話や雑談するのが楽しみ。
お得意先におばさん3人で営んでる小料理屋さんがあって、可愛がってもらっています。「今度食べにおいで」とお誘いいただいたのがきっかけ。頼んだ以外に野菜いためとか諸々出してくれて結局ごちそうになっちゃった。つきあいも短いのに良くしてくれて嬉しかったです。その後、旅行のお土産にボールペンを差し上げたのですが、次におじゃましたとき、エプロンのポケットに差してあって愛用してくれていました。これからは回るコースをもっと広げていって、より多くの出会いを楽しんでいきたいです。

「結婚式の2次会で、改めて良い仲間に恵まれていることを実感。」

神奈川センター ドライバー
佐々木 明
 
前職は個人宅への食品配送をしていました。営業ノルマが厳しくて、上司からのプレッシャーもキツく、売上が足らないと夜遅くに営業電話をしなくてはいけませんでした。電話先が個人宅ですから、良心が耐えられなくて退職を決意しました。
前職の後輩がフィットで働いていて、「体力は多少キツイけど、ノルマも営業も一切無い」と誘ってくれました。入社してみると接しやすい人ばかりで、とても良い雰囲気の職場でした。
入社して数ヵ月経った頃、仕事を終えて家で食事をしているときに、あることに気がつきました。前職のときは常にプレッシャーを感じながら食事をしていたのですが、フィットに転職してからは、何も心配することなくゆっくりと食事をしていたのです。そのことに気がついて、心から嬉しくなりました。
入社して2年半経った2014年10月、結婚式を挙げました。2次会にフィットの仲間がたくさん来てくれて、寄せ書きをくれて感動しました。そこで私は、「守るものもできたので、グループ長代理になります!」と宣言しました。実は以前、グループ長代理にならないかと打診を受けていたのですが、力不足だからと断っていたのです。それが突然宣言したのでみんなビックリして、やがて拍手が起こりました。「いいぞー!」という声もあって、自分は恵まれた仲間と働いているとつくづく感じました。家族のために、これからも頑張っていきたいと思います。

「会社に来るのが楽しいです。みんな仲がいいし、助け合う関係なんです。」

神奈川センター ドライバー
勝俣 拓也
 
前職ではお酒の営業と配達をしていました。飛び込み営業をしなくてはいけなかったし、休みが月4日しか無かったので、正直、辛かったです。求人広告で見つけたフィットは前職よりも休みが多くて、営業もしなくてよかったので応募をしました。
入社するときは不安もありましたが、最初に教育担当になってくれた先輩が最高でした。色々と面倒を見てくれたり、くだらない話をいっぱいしてくれて、楽しくて仕方ありませんでした。もはやこの先輩は、自分にとっての師匠です。
先輩からの教育期間が終わって、一人で配送をするようになると、今度は職場全体の雰囲気もとても楽しいことがわかってきました。いつも冗談を言い合っていますし、配達が遅れたらみんな助けてくれます。知らない店に行くときには色々とアドバイスもしてくれます。今、自分が所属しているグループも、なんだかんだいって月に1回くらいは飲みに行っています。仕事中に言えないことを話したり、意見を聞いたりして、とても仲がいいんです。
仕事の面では、配送中にお客様から飲み物を差し入れてもらったり、「今日は暑いから、一緒に食べようよ」とソーメンを食べさせてもらったことがあります。一所懸命に働いていてそういうお客様に出会えると、とても嬉しくなります。
嫁がもうすぐ2回目の出産です。家族のためにも、ますます頑張ります。
 
 
 
 
 

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